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2016年12月 5日 (月)

帰りの弁当・・・!?

昨日、名古屋市内で、島根県と松江市主催の 『 松江城天守国宝指定一周年記念シンポジュウム 』 

というのに参加というか見学に行きました。

松江城を造った 「 堀尾吉晴 」 の人物像を 中村なんとかという直木賞作家の講演

と 最近テレビで見かける 『 千田嘉博 』 奈良大教授を中心に5人のパネリストの

話を聞く3時間の催しでした。

無料とはいえ、800名の定員に対して2倍以上の応募があり、抽選が行われたそうです。

私は、堀尾吉晴公の出生地に住んでいて、義理で地元の 「堀尾吉晴顕彰会」に入ってます。

そして、今回姉妹都市の松江市の主催ということで、100名余りが

抽せんとは別枠で参加することになり、私の地域にも10名の割り当てがありました。

参加希望者が足りなかったら参加すると言ってたら、足りなくて参加することになりました。

バスのお迎えが 12時、開催時間が 2時 ということで、昼食の弁当が出るかどうかが

最初に気になった私です。(笑)

(中途半端時間のため、食べて行って弁当が出ても困るからです。)

昼食は食べてくるようにとの話は、当日の朝にありました。

会場では、松江市の副市長のお出迎え・挨拶がありました。

そして、帰りに弁当が出ました。 家に帰って夕飯として食べました。

会費1000円なので、貸切バス代は当然まかなうことは出来ません。

とある企業がバス代すべて負担していただけたようです。

参加者は、はた目から見ると老人会といっても納得できそうなメンバーばかりでした。(笑)

とりあえずは、近所の見慣れたオジサン達との親睦にはなりました。

それでも、

浜松城は家康のときは、土塁で出来てたのを 堀尾吉晴が入城後石垣で築城したこと。

そのことを浜松の多くの人は最近まで知らなかったようです。

現在再建されてる浜松城は、石垣とは合わない一回り小さいものだそうです。

寄付金の都合で小さくなったそうです。

一度見に行ったとき、「小さい城だなあ」と思いましたが、実際の城はもう少し大きいものだったようです。

その後、堀尾吉晴公は関ヶ原の活躍により石高が倍の24万石の松江に移ったこと。

城主は 京極、松平と変わり、堀尾吉晴公は松江の人達の印象からも薄れてたようです。

しかし、築城400年を迎え、開府の祖の「堀尾吉晴公」が 見直されてきたようです。

松江城は、姫路城より進化した造り方のようです。(詳しくは説明できません)

というようなことは学びました。

堀尾吉晴公は、生まれ故郷では 裁断橋の話に出てくる甥の(子という説もあります) 『堀尾金助』 のほうがなじみがありました。

浜松では家康が印象のほうが強く、松江でも 松平のほうが有名だったそうです。

一代で24万石の大名になったのですから、もっと有名になっても良かったのに

愛知県には、信長・秀吉・家康 という 三英傑がいるため

イマイチ影が薄くなってしまったようです。 ^_^;

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