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2017年8月18日 (金)

海外から花・・・

一昨日、帰宅したら従弟から花が届いてました。

「葬儀に参列できなくて申し訳ありません。」というメッセージがありました。

送り主は現在 オーストラリアに住んでます。

母の葬儀のあと別の他県に住む従妹から香典も届いてました。

叔母が連絡したようですが、近くに住んでる従兄弟には連絡はしてないようです。

伯母さん達は亡くなってますので、こちらから連絡をお願いはしてません。

父方の従兄弟たちなので、連絡を控えてました。

連絡を受ければ何もしないわけにもいかないので迷惑をかけてしまうと思ったからです。

叔母が気を利かせたようですが・・・・・。

我が家にとっては、初めての海外からの贈り物に戸惑いがありました。

といっても、オーストラリアから直接届いたわけでなく注文をしたのだとは思いますが、

お礼はしなくてはいけないので、住所を見たら前後に数字がありました。

最初の数字は番地のようですが、最後の数字は国を表してるのか

それとも別の意味かと・・・・・・?

とりあえず そのまま グーグルの地図の検索欄に入力したら

従弟の家の地図が出てきました。どうも郵便番号のようなもののようです。

そのまま宛先に書けば届きそうなので、なんとかお礼の手紙は送れそうです。

海の近くのシャレたところに住んでるようです。

でも、地元に密着し過ぎてる私には、とうてい住むことは出来ないところのようです。^.^)/~~~

2017年8月16日 (水)

評価は分かれます・・・・・

母が亡くなり、葬式をどうするかということになり

香典は辞退、掲示板の張り紙は依頼し、組(班)への連絡はするが手伝いはお願いしない、

ということで行いました。

20年以上前まだ母と二人で暮らしていたころ、組長(班長)の順番が我が家になり、

組の中で葬式が4回ありました。

そのころは近くに葬祭場もなく自宅で行うのが当たり前でした。

組の人が準備・料理・受付・片付けなど裏方を行ってました。

その責任者が組長です。

ほとんど葬式に出たこともない私は、長老に聞きながら苦労したことを思い出します。

その後は、一度だけ自宅葬がありましたが、葬祭場が近くに出来たため

自宅でする人はいなくなりましたが

それでもしばらくは、組のお手伝いは行ってました。

受付くらいしかすることがなく、20名以上いても何もしないで立ってる時間が多くありました。

そこで、組の軒数が30軒を超えたころ葬式のお手伝いを3グループに分け、

ひとつのグループが10名くらいになりました。

葬祭場の受付だけでなく自宅にも受付を設置することが多いので

10人くらいでちょうどよくなりました。

でも、最近は家族葬が増えてきて知らないうちに葬儀が終わってたということも

聞くようになりました。

自宅の受付も自宅葬のなごりのようなものです。

そこで今回、組への連絡はするがお手伝いはお願いしなくて香典も辞退という

ことにしたのです。

変な言い方ですが、義理で来る人はいなくて、とても良い葬儀になりました。

無理やり香典を置いて 『 変わったことをしてもらっては困る。』 という人もいましたが、

『 新しいことをしてくれたので、これからの人のためになった。』 と評価してくれる人もいました。

そういえば、20年以上前に組長をしたとき、3月の最後の組の総会のときに

「入院・結婚などがあったときの組の行事としてのお見舞い・お祝いと

厄祝いの引き出物を全戸に配るということを止める」

ということを議題にしてくれないかと、ある人が私に言ってきました。

軽く引き受け議題にして、話し合いの結果、

お見舞い・お祝いなどは個人的に行い組としてはしない、ということに決まりました。

でも、それから何かの機会で 「 ○○君(私のことです)のときから止めになった。」

ということを時々耳にするjことがありました。

本音では変えたいと思っても、一部の批判を嫌がり前例どおりという人が多いようです。^_^;

2017年8月14日 (月)

しだれさくらが・・・・

お盆ということで、朝一番にお墓に行きお参りをしてきました。
その後近所の人が我が家にお参りにきました。
我が家のお盆の位牌などの並べ方を点検してもらい
そこそこ合格点をもらいました。
いろいろな作法を聞きましたが、知らないことばかりでした。(-_-;)
その後、姉と妹が来て奥さんを含め四人で先日亡くなった母の思い出話をしてました。
例年と違い人数の少ないお盆でした。
午後、犬山市の 「 笑面寺 」 にある伯母夫婦のお墓詣りに行きました。
我が家からは、2キロもない近くです。誰も管理をしてないようなので
母が、時々掃除をしたり花を飾ったりしてました。
今年の春のお彼岸にも自転車で出かけてたと思います。
「笑面寺に行ってくる。」 という母のセリフをよく聞いてました。
その思いを引き継ぎ奥さんと二人でこれからも時々お詣りに行くつもりです。
『 笑面寺 』 といえば以前は、『 しだれさくら 』 で有名でした。
本堂の正面に立派な枝垂桜があり、ラジオなどの中継も聞いたことがあります。
どうなってるのか見に行ったら
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幹が折れてしまい細かい枝があるだけでした。
見物客が多かったころの面影はなくなってました。 (T_T)/~~~

2017年8月13日 (日)

初めてのお盆準備・・・・

今日からお盆ということで、昨日準備をしました。
昨年までは母がしてましたので、どこに何があるのかどうすれば・・・・
というところからのスタートでした。
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臨済宗妙心寺派だからなのかわかりませんが、仏壇から位牌を出し、
順番が正しいのかどうかわかりませんが、右から古い順に位牌を並べました。
皿は一人ひとつと仏具店の人が言ってましたが、戒名の数は30を超えてます。
とても並べることはできないので、5セットで許してもらうことにしました。
後で、近所の家にお参りがてら答え合わせに行こうと思ってます・。(笑)
どちらにしても心がけが大事と勝手に思い良しとしようと思います。(^^)/~~~

2017年8月12日 (土)

お逮夜(おたいや)バザー!?

今日は、母の初七日になります。

今日が初七日法要かと思ってましたが、 『 オタイヤ 』 にするとお寺で言われ

「 オタイヤ? 」 たしか聞いたことはあるが・・・・・?

「お逮夜」 と 書くようです。 初七日とか七七日(49日)などの前夜のことのようです。

なので、これから七七日まで 「 お逮夜 」 に法要を行います。

母の兄弟姉妹も来ていただけるということだったので、

母の衣類・カバンなど整理して、母が寝ていた部屋にフリーマーケットのように

並べて置き、法要後に気に入ったものがあれば使ってもらったほうが供養になると思い

奥さん・長男と私の三人で準備しました。

法要後にオバサン達は、予想以上に盛り上がり楽しそうでした。

母もきっと喜んでると思います。

未使用のものを中心に並べて置きましたが使ってたものでも構わないということでした。

農作業のとき着てたものもは、とくに構わないということでした。

次回も並べるものが、まだまだありそうです。

法要前の住職が来る前に、叔母さんたちに知らせたところ

ある人が、「 それは四九日のときにするもの 」 と言いました。

早すぎるという意味らしいのですが・・・・・・。

詳しくは書きませんが、田舎の常識的なことを言う立場にはない人です。

母がどれだけ気にしてたのかも知らないようです。

叔母さんたちが、「 初七日は明日では? 」 と聞いてきたときに

私が説明を始めると、その人が割り込んできて、したり顔で説明を始めました。

このブログには初登場の人ですが、ときどき愚痴を書く人を含め

私の周りには、身勝手な人が多いようです。

残念ながら私には、母のような人徳はなさそうです。(ToT)/~~~

2017年8月10日 (木)

休むつもりが・・・・

母が亡くなり、休業の張り紙などもしないで休んでたために

今朝、15日まで休みという張り紙と留守電のメッセージのために来たのですが、

9時の時報に合わせるように電話があり、

「 肩が凝って死にそう! 」  という言葉に断りきれずに

シャッターを半部閉めたまま対応することになりました。

この4日間は、テレビも新聞もネットもほとんど見てません。

なので台風が通過したことくらいしかニュースは知りません。

でも、最期まで頑張って、一呼吸・一呼吸していた母の姿は

ニュース以上のメッセージでした。

残った家族に 「一生懸命に生きろ」 という言葉の代わりだった気がします。

医師の説明では、大脳の働きが低下してきてるので

見た目ほど本人は辛くないということでしたし、ここまで痛みも少なく黄疸などもない状態は、

まれなケースで老衰に近いということでした。

兄弟姉妹・舅姑・夫・夫の兄弟姉妹・子ども・孫など人のために生きたような人生でした。

最期は、残されたものが後悔しないように少しだけ世話になり旅立ちました。

でも今は、まだいなくなったことが実感できてません。

2017年8月 5日 (土)

野菜が痛いとは・・・・

昨日は、月一の平日休みでした。

朝、ウォーキング代わりに、まずはスイカとナスの収穫に行きました。

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7個ありますが、もっと大きな3個はすでに収穫の時期が過ぎていて、

叩いても低い音が響いてくるだけでした。中は熟れ過ぎてました。

ナスは、6本ほどしか植えてありませんが、次々と実が大きくなってきてます。

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家の裏の畑 (というより石だらけの空き地) では

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冬瓜、ぼっちゃんかぼちゃ を採りいれました。

これらの野菜は、すべて母親が植えたものです。

収穫も母親がしてました。

なので、今年になって初めて野菜の収穫ということを経験したようなものです。

ナスのヘタ部分が棘のようになっていて、触ると痛いことも知りませんでした。

一番驚いたことは、冬瓜は表面がスイカのようにツルツルしたものと思い込んでましたが、

細かくて硬い産毛のようなもので覆われているということです。

素手で触ると手のひら全体がチクチクして驚きました。

手袋をして収穫して、水で洗いながら表面の産毛のようなものを取ると

見慣れた冬瓜になりました。

今まで、私が見るまでに、母親の手間が相当かかってたことを知りました。

考えたら知らなことばかりのようです。^_^;

2017年8月 3日 (木)

まだ無事にいました・・・

今朝のウォーキング中に

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以前見かけたインコがまたいました。

1ヶ月くらい前に見かけたときより飛び方は力強くなってました。

この時期は、エサにあまり困らないようです。

インコは元気ですが・・・・

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こんな中を歩いてると、早朝でも暑くてたまりません。

例年のように日影を中心に歩くことになります。

少しでも体や目に優しくと思い、20年以上前に 「メガネの○○堂」にて購入して

ほとんど使ってなかった、はねあげ式の偏光グラスが付いたメガネのレンズを交換して

現在の度数に合わせました。

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薄型レンズということでしたが、レンズそのものが大きくて

いかにも古臭い感じがします。

ときどきすれ違う相当年上の人のサングラスと同じような形です。

レンズが二重ということもありますが、重さもあります。

使うべきか悩むところですが・・・・・、

見かけよりも目が大切と自分に言い聞かせ使おうと思ってます。(^.^)/~~~

2017年8月 2日 (水)

戦前でも、外国でもありません・・・・

古い写真の続きですが・・・・

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この写真は、戦前の日本でもなく、どこかの貧しい国の子供でもありません。

家の前の道で撮った写真です。

道路がまだ舗装されずに土のままです。

写真にも慣れてない昔の田舎の子どもが三人並んでます。

右が私で、中央が姉です。

左は、今も近所に住んでる人です。

誰が撮ったのか記憶になく、なぜこの三人なのかもわかりません。

どう見ても裕福な子供には見えませんね。(笑)

同じころ、名古屋市に住んでた従弟の写真もあるのですが、

あきらかに都会の子という服装で写ってます。

名古屋の栄でビルの高さに驚いて、従弟に笑われたことがあります。

そのころから田舎者の自覚が生まれてたのかもしれません。(笑)

今でも田舎者と自覚してますが、うらやましく思ったり、ひがんだりすることは

ほとんどなくなりました。

ただ、関東方面の標準語で喋る人達の中では、無口になることもありました。

イントネーションに自信がなく変に思われるのではないかという心配があったからです。

でも、最近は河村名古屋市長が有名になり、

あの河村弁と比べれば、私はほぼ標準語のような気がします。

なので、最近は堂々とした田舎者になってるかもしれません。(笑) (^^)/~~~

2017年8月 1日 (火)

閏7月!?

たいした話ではありませんが・・・・。(いつもたいしたことない?)

月も変わりカレンダーを8月にしようとしたら、また7月が出てきました。

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目がおかしくなったかと思い見直しましたが、

やはり、また7月が出てきました。

百均で買ったものなので、ありそうなミスかと思いましたが

はたして8月はあるのか心配しましたが、7月がダブってただけで8月はありました。(^O^)

こんなオマケは、初めてですが要らないものですね~。 (^.^)/~~~

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